辻村深月「パッとしない子」 人気のある先生のことは「嫌い」と言えないから余計に苦しい

日本を代表する男性アイドルグループのメンバーの1人が、番組のロケで母校の小学校にやってきた。
そのメンバーの3歳下の弟さんの担任をしていた先生と、兄であるメンバーが再会する話です。

短編小説なんで、10分くらいでパッと読めちゃうんですが、テーマとしては結構重たいと思いました。


佑の言い分も大概自分勝手で独りよがりで被害妄想。
大体してたかだか先生の言葉なんだから、そこまで悪意に受け取らなくてもいいんじゃないかな…兄貴(佑)が大げさに言ってるだけなのでは?
という感じがしないでもない。

ただし、これはあくまで、「美穂先生」の目線に立った場合の印象です。

というのは、最初は「美穂先生=優しくていい女の先生」的な人物像をイメージしてしまうんですね。

それが「佑」のセリフを読んでいくにつれて、だんだんと「あれ?この人って実はいい先生じゃないの?実は偽善者なのか?」と印象をひっくり返されていくのです。

だけど読み終わっても、別にそれほどダメな先生というわけじゃないのでは?何だろう、この違和感?と思ったんです。
でも、もう一度最初から読み返してみると、

「先生は、ぼくや弟のことは、いつも疎ましそうにしていましたよ。弟が、先生のクラスがどんどん先生の王国みたいになって、友達みたいな佐藤先生を中心にまとまる中、それについていけなくて体調を崩すようになった時、ぼく、親に言われて、先生のクラスに弟の欠席を伝えにいったことがあるんです。」
言われて、初めて思い出す。ああ、そうだった。晴也くんは、おなかが痛い、とよく言っていた時期があった。保健室に行きたいです、と何度も保健室に行って、そのまま帰ってこないようなことが。熱がないから、と帰されても、非常階段のところをうろうろするような、そういうサボリ癖みたいなものがあった。
ずっと忘れていたけれど、そんなことがあった。
「『晴也は今日、休みます。すぐにおなかが痛くなってしまう原因の検査をするために、母と病院に行きました』。そう伝えにいったぼくに、先生が『ああ、そうなのよ』と顔を顰めて言ったんです。『本当に痛いかどうかわからないのに、一日に何度も保健室に行くのよね。困ってるの』と」
背筋が凍る。
また凍る。
ー言ったかどうかわからない。だけど、問題はそんなことじゃない。問題は、佑が美穂がそう言ったと思っている、そう記憶している、ということだ。
「ぼくは」と佑が言う。その目の奥に翳りが見えた。
「弟がなんで学校を休むのか、理由がわかった気がしました。保健室に行きたがるのも。先生は人気のあった先生ですけど、だからこそ、先生のことが嫌いだなんて言いにくい。先生が担任だった二年間は、弟にとって地獄だったと思います」

ああ、これか。
なまじ、美穂先生がこれといったわかりやすい欠点のない、「いい先生」にカテゴライズされる人だからこそ、厄介な話

確かに、多くの人から嫌われている人とか、わかりやすく性格が悪い人とかだったら「嫌い」とか「あいつはダメな奴だ」と言いやすいけど、皆に好かれている人やこれといった欠点のない人のことは、何か『嫌い』って言いにくい。言えない。

芸能人やスポーツ選手もそうだし、友人や会社の人間関係もそうです。
人気がある人のことを、人前で堂々と『あの人、嫌い!』と言える人はなかなかいません。
例えばですけど、浅田真央さんとか大谷翔平選手のことを「嫌い」って堂々と人前で言えますか?
何となく言いづらいじゃないですか。
(※注:管理人は真央さんや大谷君が嫌いなわけではありません。どちらも普通に好きだし、そもそも人から嫌われる要素が殆どないと思っています。)

でも特定の芸能人やスポーツ選手のことが嫌いだったら、2chのアンチスレやヤフコメなんかでガス抜きができるだろうから、そのことでお腹が痛くなるほどストレスが溜まることはないと思います。
それに、自分にとっては身近な人のことじゃないから、「嫌なら見なければいい」わけですし。

また、中学・高校生くらいになると、嫌いな先生が1人や2人いるのはいやだけど仕方がない、と割り切れるようになります。
良くも悪くも教科担任制なので、たとえ嫌いな先生が1人2人いたとしても、そこまで大きな影響力はないと思います。面倒くさいけど。

でも、小学校では、ほぼ全ての教科を担任の先生が受け持っているわけですよね。
小学校の担任の先生って、子どもから見ると、一日の大半を一緒にすごす大人であり、また教室内では明らかに立場の強い人間です。

そんな担任の先生が、自分を慕ってくるクラスの中心グループの子たちと結託して王国のようになっていったら…そんな担任の先生のことを「嫌い」「合わない」と感じてしまったら…。
その輪の中からはじき出されてしまった「パッとしない子」にとっては、ものすごくストレスがたまるんじゃないかと思います。

これが皆から嫌われているような「わかりやすいダメ教師」だったら、合わない先生やダメな大人と一緒に過ごさなくてはいけないストレスはあっても、「あの先生嫌い!」と口に出して言うことに対して、後ろめたさや罪悪感は感じません。
おそらく他の生徒さんも嫌っているだろうし、結託して「あの先生のこと嫌い!」って言える。
つまり、ストレスや不満のはけ口を、嫌いな相手に直接向けることができるわけです。
あんまり褒められた行為ではないですけどね(苦笑)

でも、多数の生徒から好かれている「人気のある先生」「評判のいい先生」を中心にクラスがまとまっているような状況だったら、やっぱり「あの先生のことが嫌い・合わない」とは言いにくいと思います。

「嫌い」と口に出してしまったら、「あんないい先生を嫌うなんて、お前の方がおかしいんじゃないか。もしかして親の育て方に問題があるんじゃないか」などと異常者扱いされるからです。
あたかも「いい先生+先生を慕う多数派の生徒」VS「先生を嫌う自分」という、孤立無援状態に感じてしまうのではないでしょうか。

何故晴也が学校を休むのか、傍目には理解しがたい(客観的には晴也のわがまま・怠けのように見える)けれども、その本当の理由を唯一理解していたのが、兄である佑だけだった。

だけどもう晴也の口から伝えることができないからこそ、弟のかわりに少しでも弟の無念を晴らしてやりたかったのだろうし、あの当時弟が誰にも理解してもらえなかったであろう苦しみをわかってほしかったのだろう、と思いました。

スポンサーリンク

コメント

  1. ピタヤ より:

    辻村作品も爽やかな物もあれば、こういう重い作品もあるんですね!
    スロウハイツの神様あたりを読みたいですが、上下巻でボリュームがあるんでなかなか
    手が付かないんですよね~短編あたりから攻めてみますか(*^▽^*)

    • miwa@管理人 より:

      >ピタヤさん
      短編は通勤の合間とかにサクッと読めるのでいいですね。
      長編は確かに…ちょっと気合入れて読まないとストーリーを忘れちゃったりしますw