【京都検定】織田信長・豊臣秀吉・徳川家康

日本史で有名なこのお三方は、京都検定でも頻出です。
そこで、検定ではどのような問題が出題されたかをpick upしてみました。


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織田信長 「泣かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」
平成19年3級:船岡山の山上にあり、織田信長・信忠父子を祀っている神社はどこか?→建勲神社

平成19年2級:16世紀半ば、京都に滞在したイエズス会のポルトガル人宣教師で、織田信長にも謁見し、日本での見聞を「日本史」にまとめたのは誰か→フロイス
平成20年3級:明智光秀の急襲により、織田信長が最期を遂げたことで知られる寺院はどこか→本能寺
平成21年2級:
・永禄11年、(織田信長)は将軍足利義昭を奉じて入居し、東寺に陣を構えた。
・開山の清玉が本能寺の変で自刃した織田信長らの遺灰を密かに集め祀ったといわれ、境内に信長父子や森蘭丸ら家臣の墓がある寺院はどこか→阿弥陀寺

平成22年2級:
織田信長にも謁見したイエズス会のポルトガル人宣教師で、日本での見聞を「日本史」にまとめたのは誰か→フロイス(平成19年とほぼ同じ問題!)

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豊臣秀吉 「泣かぬなら 泣かせてみせよう ホトトギス」

平成19年3級:
・豊臣秀吉が内野の地に造営し、天正16年に後陽成天皇を迎えたのはどこか→聚楽第

平成19年2級:
華道池坊の歴史で、豊臣秀吉の御成の席に重用され、豪壮な客殿にふさわしい大瓶の「立華」を立てたのは誰か→初代専好

平成20年3級:
・天正15年、豊臣秀吉が京都における邸宅として内野に造営したのはどれか→聚楽第

・(前略)シダレザクラで有名な円山公園や、琵琶湖流水に沿う散歩道(哲学の道)、豊臣秀吉の花見でも知られる(醍醐寺)などは多くの人でにぎわう(後略)
平成20年2級:
(前略)その後も(豊臣秀吉)が御土居を築くなど治水対策が行われてきたが、江戸時代に寛文新堤が築造され…(後略)

平成21年2級:「伝説」と「人物」の組み合わせ 宇治川の亀石-豊臣秀吉
平成22年3級:
・豊臣秀吉は平安京の大内裏跡に(聚楽第)を築造し、後陽成天皇の行幸を迎えた。
・(前略)天正15年には(豊臣秀吉)によって北野大茶湯が催された。この時に賞賛されて北野名物になったのが(長五郎餅)である。(後略)

平成22年2級:
豊臣秀吉が前田利家邸に赴いた際、(初代専好)が立てた大砂物は、「池坊一代の出来物」と称賛された。

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徳川家康 「泣かぬなら 泣くまでまとう ホトトギス」

平成19年2級:
(前略)覇権を握った(徳川家康)は、伏見を重視し、日本で最初の(銀座)の開設、角倉了以による高瀬川の開削などが行われ、京都と大坂を結ぶ中継点として大きく発展した。

平成20年3級:二条城は、慶長8年、征夷大将軍に任じられた(徳川家康)が、上洛時の宿所や京都の警衛のために造営したものである。(以下略)

こうして見ると、京都検定はどんだけ豊臣秀吉が好きなんだという感じですね(※もちろんもっとほかにも頻出の人物はいますよ)

一方、徳川家康の名前は問題集を解いているときにはよく見かけたような気はするんだけど、徳川家康についての問題はそれほど多くはないのですね。
まぁ徳川=江戸時代ですから…京都絡みのネタは多くないのかもしれませんが。
あ、この中で、織田信長の絵だけなんか手抜きじゃね?というツッコミは受け付けませんw

京都・観光文化検定試験―公式テキストブック
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